<私が私でいられる時>・15

 

 

黒と白を基調にした正統派のゴスロリに、銀色のアクセサリーが映える。

着替えた──いや、今まさに出現した<少女>は、

一瞬何かを考えていたが、にっこりと笑い、

「こっち、お隣さん、大丈夫なほうだったよね?」

と、言いながら、ベランダにつながる窓に向かった。

電動雨戸のスイッチを押し、カーテンを少し開ける。

段差の関係でそちら側にある隣家は、我が家より随分低い位置にあって、

角度的に僕の部屋を覗くことができない。

そして、今夜は満月で、僅かにその光が差し込んできた。

「うわあ」

僕は思わず感嘆の声をあげた。

それは、綾ちゃんが身にまとった衣装にふさわしい。

まさしく<少女>の「初回の出現シーン」の再現だった。

「うふふ」

綾子ちゃんはそんな僕を見て嬉しそうに笑う。

そして、僕がコレクションの中から選び出した

<少女>に必要な小物を一つ一つ確認して身に帯びる。

ごく普通のゴスロリが、固有の衣装に変わる瞬間。

それは、僕の恋人がヒロインに変わる瞬間でもあった。

最後に、<少女>の手が、机の上に置いた二つの黒い塊に伸びる。

両手でそれぞれを取り上げ、何度か確認するように握り締めた。

浮かべる微笑が変わる。

嬉しげな恋人の笑顔が、弄うような魔少女のそれに。

 

「――こんばんは」

 

<少女>が月光を輝かせながら振り向いたとき、もうそれは始まっていた。

 

「――君は……誰……?」

かすれ気味の声が、招かれぬ客人に向けられる。

いや。

「うふふ、ご挨拶ね、貴方が私を呼んだくせに……」

涼しげに笑う魔少女は、僕が招いた存在。

それは、襲ってくる悪夢に抗い、限界までの禁欲を守ったときに現れる救い主。

「僕が……?」

「そう、私は、貴方に呼ばれて来たのよ」

「じゃあ、君が、僕の……」

「そう、私が、貴方の……」

<少女>は、一度目を閉じた。

両手をすっと持ち上げる。

豊かな胸の上で交差された白い手は、それぞれが「それ」を握り締めていた。

黒いプラスチック製の小さく粗末なモデルガン。

この<少女>のために復刻された<銀玉鉄砲>。

<少女>が目を開く。

僕をまっすぐ見つめて。

そして、桜色の艶やかな唇が、自分の名を吐いた。

 

「そう。私が、貴方の、――<銀弾少女>」

 

そう言って、彼女は世にも美しい微笑を浮かべた。

 

 

<銀弾少女>。

 

「キンの次は、ギンだ!」

のあおりとともに放映された18禁アニメ。

 

前作から、「主人公の禁欲によって出現する超自然的存在の美少女」というプロットを継承し、

夢魔に取り憑かれ、悪夢に悩まされる主人公から精液を搾り取り、

それを銀の弾丸に変えて、他の方法ではいかなる手段をもっても倒せない夢魔を狩る、という

アクション設定を加えた、シリーズ2作目。

 

作者108名、放映回数256話に及んだ超人気作の続編として作成されたこの作品は、

ゆるやかな設定で展開を書き手にゆだねられた、オムニバス的な世界観が人気だった前作に対し、

かなり固定されたシチュエーションを持ち込み、ファンの間の反応は賛否両論だった。

延長も打ち切りもなく、当初の予定通りに全26話で終わった放映(前作は256話+OVA40話)と、

平均視聴率ブルーレイリサーチ調査で13.4%(前作は平均視聴率21.4%、ただし最終52話は7.2%)を

どう評価するかは論議を呼び、「アニメ界の永遠の議題」といわれている。

 

だが、少なくとも、そのシチュエーションの中に取り入れた「銀玉鉄砲」というアイテムは、

このアニメのキャラクターグッズとして復刻され、爆発的なブームを呼んだ。

土に塗料を吹きかけただけの「銀玉」は、

プラスチック製のCC弾などと違って簡単に土に還る材質であるし、

軽く華奢なバネから撃ち出されたそれの破壊力は新聞紙一枚を破れぬ安全性を誇り、

アニメ本編を視聴する「大きなお友達」だけでなく、

対象外であった「小さなお友達」の「安価で安全なおもちゃ」として

銀玉鉄砲を蘇らせた功績は、社会現象的には前作すらも上回る。

 

 

そうしたひとクセもふたクセもあるアニメだったが、

作画などのクオリティは高く、そしてエッチシーンは秀逸で、僕はとても気に入っていた。

そして、僕が気に言っているということは、

僕の大事な女(ひと)も気に入っているということだった。

「――ふふふ、夢魔を倒すことができるのは、銀の弾丸だけ。

それも、その夢魔に取り憑かれた人間自身の力を宿した弾丸」

「人間自身の、力……?」

「そうよ。その人のエッセンス、と言ってもいいわ。

それを精製して、銀の弾を作るの。この銃に合う玉を、ね」

「そ、そんなのどうやって……」

「うふふ、難しくはないわ。特に男の子なら、ね」

「え……?」

「私を呼び出すのに、夢魔の誘惑に負けずに蓄えたもの。

──それが貴方のエッセンスそのもの、よ」

 

流れるような会話は、第一話のもの。

初見の強いインパクトと、

原作の中でももっとも人気があったエピソードを最初に持ってきたという

二重の意味で、最終回と並んである意味シリーズの代表作的なこの話は、

綾ちゃんと二人で、何回も見た。

もちろん、エッチシーンも。

 

「蓄えたもの? エッセンス? それって……!?」

「そう、貴方の、精液。それが、私の<銀玉>の材料」

ゴスロリの美少女が、淫らな笑みを浮かべる。

主人公の弱気な少年は、後ずさり、ベッドに足を取られてその上に座り込む。

ベッドの上から見上げる視線が降りて行く。

ひざまずく美しい人外の少女を追って。

僕の足と足の間に身をかがめた<銀弾少女>は、

どの放送回の<銀弾少女>よりも、美しい。

なぜなら、これは僕の生み出した、僕だけの<銀弾少女>だから。

だから、彼女は、僕にとって、

誰よりも、美しくて、淫らで、魅力的だ。

 

白磁の手が、ズボンを引き下げる。

パンツを押さえる手に、優しく重ねる。

ひいやりと、すべすべとした手が、弄うように僕の手の上を這う。

(これを離しなさい。そして、隠しているものを私に見せなさい)

ゆっくりと動き、僕の手を嬲る指先は、そう命じていた。

ぎゅっ。

手の甲を軽くつねられて、思わず下を向く。

<銀弾少女>の妖しい瞳が、僕を見つめていた。

「う……あ……」

ことばにならない声が漏れる。

僕を見上げる<銀弾少女>は、無言のまま、僅かに唇を開いた。

桜色の舌が少しだけ出て、ちろりと自分の唇を舐める。

その視覚的な刺激に、背筋がぞくりとする。

その舌で。

「──いいわよ?」

ささやくような声。

「貴方がそれで銀弾(たま)を作りたいのなら……。

そうしたいのなら……、いいわよ?」

どきん。

心臓が高鳴る。

そして、魔少女は微笑みながら僕の瞳を覗き込む。

「して、ほしい?」

「……うん」

ごくりと唾を飲んで答える。

かすれ声の返事は、蟲惑的な微笑みと、ブリーフが下ろされる衣擦れの音。

 

「ふふふ、すごいわ」

下着から解放された瞬間に、音を立てて下腹に貼り付いたその器官を、

<銀弾少女>は、愛おしげに撫でた。

「あっ!」

僕の反応に、さらに微笑を濃くする。

「ほら、こんなに堅い……。

私を召喚するために、たくさん禁欲したのね?

夢魔の誘惑に、耐えながら……」

白い指先が、僕の性器を根元から這い登っていく。

手のひらを上にした、人差し指と、中指と、薬指が。

それは、僕の男性の器官の裏側の、硬く浮き出た筋に沿ってゆっくりと登ってくる。

「うわ……」

思わず声が漏れる。

でも、<銀弾少女>の手指は止まらない。

いっそう優しく、

いっそう淫らに、

男の一番汚らわしい部分に少女の指が這う。

登りつめた。

「うふふ」

指先は、堅く膨らんだ僕の先端に触れている。

指先は、ゆっくりと、その縁(ふち)をなぞっていった。

形と大きさを、測るかのように、丁寧に、丹念に。

「ピンク色でとても綺麗。

――可愛いわ。夢魔に好きにさせるのはもったいない。

私がいただくわ。貴方の望みどおりに」

敏感な輪郭を一周させ、<銀弾少女>は宣言した。

僕の抗いを許さぬ、僕の意思を確認する素振りさえも見せない傲慢なことば。

でも、それに僕が逆らえないことを、少女は誰よりも識(し)っていた。

彼女が在(あ)るようになる、その前から。

そして、僕も、それを感じていた。

だから、僕はゴスロリの美少女が、僕の股間に顔をうずめ、

その桜色の唇を僕の生殖器官に近づけるのを、

声にならない歓喜の声をあげながら、ただ見守った。

そして、<銀弾少女>は、ちろり、と舌を出して、

僕の男性器を舐め上げた。――僕を悩ます夢魔よりも淫らに、優しく。

 

じゅぷ、じゅぷ。

ちゅる、ちゅる。

少女の、甘い唾液が、僕の先端に絡みつく。

<銀弾少女>の奉仕は、信じられないほどに気持ちよかった。

柔らかい舌先が、執拗に溝をねぶる。

舌全体で舐めあげ、すぼめた唇の輪でしごきあげる。

そのたびに僕はかすれた声をあげてのけぞる。

少女の淫戯は、まるで、僕の弱いところをすべて知り尽くしているかのようだった。

「そうよ。――私は、貴方が作った…<銀弾少女>だもの」

口に出して言ったのだろうか。

それとも彼女が僕の頭の中を読み取ったのだろうか。

どちらでも、同じことだった。

下から見上げてくる<銀弾少女>の瞳は、僕の目の奥を覗き込んでいる。

心を読み解かれる、快楽。

すべてを知られる、快楽。

それは、僕が目の前の魔少女に望んでいたことだった。

僕の心の闇を、どろどろとした穢(けが)れた欲望を弄ぶ夢魔よりも、

深く、丁寧に、そして正確に。

少女は、僕の全てを読み解き、知り尽くす。

今にも男根から噴き出してしまいそうな精液と獣欲でさえも、

彼女は、識っているのだ。

あるいは、僕自身よりも。

だから、射精の瞬間、僕が望んだとおりに<銀弾少女>は、振舞う。

僕を見つめる微笑をより艶麗に色濃くし、

唇を開いて僕の先端を優しくくわえ込み、

そして、僕の射精を口の中に許す。

「あああ……」

まるで女の子のような、高い悲鳴が僕の口から漏れる。

甘くかすれた声は、射精が終わるまで長く長く続き、

<銀弾少女>が、唇を離したときに終わった。

 

こくん。

こくん。

少女の喉が、つつましげに鳴る。

口の中の粘液を、ためらいもなく飲み干した音。

指先でそっと唇をぬぐい、舌をちろりと出してみせる。

「私に会うためにずいぶんと我慢したのね?

精子がとても濃くって、美味しかったわ。

これなら、強い銀弾(たま)を作れる」

微笑む艶やかさと淫蕩さ。

僕は、酸素を求めて荒い息を繰り返した。

「ふふふ、夢魔のよりも良かった? 私のお口」

「あ、ああ、う、うん……」

「そう。貴方、こういうのが好きなんでしょ?」

「うん……知ってたの?」

「もちろんよ。私は貴方が呼んだ<銀弾少女>。

だから、貴方のことは何でも分かる。貴方が何を望んでいるかも」

「……」

「ふふふ、知っているわよ。私に精液を飲ませたあと、

貴方が今度は何をしたいのか」

<銀弾少女>は、その場で立ち上がった。

ベッドに腰掛けたままの僕は、魔少女をふたたび見上げる形になる。

<銀弾少女>は、スカートをたくし上げ、その中のものを僕に突き出した。

「脱がせて──見たいんでしょ? 私のを……」

 

答える心の余裕はなかった。

でも、彼女なら、それさえも、わかっているはずだ。

震える手で純白のショーツに手をかけ、

わななきながら、下ろす。

薄いピンク色の秘裂に唇を寄せると、

<銀弾少女>は、僕の頭を抱きかかえて、

自分の腰を強く押し付けた。

「ふっ……あっ……」

ベッドの上に嬌声が満ちる。

ゴスロリをお腹の辺りまでたくしあげた<銀弾少女>の下半身は、

靴下以外に何もまとっていない。

僕は、その白い太ももの奥に顔をうずめ、獣(けだもの)のように

魔少女のあそこを舐めていた。

「んっ……くっ……」

<銀弾少女>が声を殺しながら、しかし、もっと強く、と言うように僕の頭を抑える。

舌先を堅く尖らせて、女性器の内部に突き入れると、少女はのけぞり、

女性器の中心にある真珠のような突起にそっと舌を這わすと、甘い悲鳴を上げた。

二人は、攻守を完全に逆転させていた。

でも、それは、つまり、さっきと同じ、ということ。

僕が呼び出した、僕のための少女。

少女が守らなければ滅んでしまう、少女の物である僕。

それは、どちらか片方だけでは生きられない弱い生命。

だけど、二人ならば──。

 

手早くコンドームをつけた僕の男性器は、

これから少女の中に入ることが出来る期待に打ち震え、張り詰めていた。

<銀弾少女>は、うっとりとそれをみつめ、

何度かそれを手でしごいて確かめた。

「はやく……私の中に……」

「うん……」

貫いたとき、二人の押し殺した声は、まるで一つのもののように聞こえた。

熱い肉と、潤んだ肉とは、それぞれを隔てる薄いゴムの膜に不満を感じるようにうねったが、

やがてそれさえも気にならなくなったように、ぴったりと重なった動きをはじめ、

それはどんどんと昂ぶっていった。

僕は、愛しい少女を覆うゴスロリを剥ぐようにして脱がせた。

もう<銀弾少女>じゃ、ない。

綾ちゃん。

僕の、大切な、大好きな女の子。

その中に入る。

一つになる。

快感。これ以上がないくらいの幸せ。

絶頂の瞬間、僕と綾ちゃんは、声にならない声をあげたけど、

それは、もちろん、二人ともまったく同時のことだった。

 

 

 

「ん……」

くったり、という感じで綾ちゃんの上につっぷしていた僕は、

気がつくと、慌てて起き上がろうとした。

綾ちゃんは女の子としては少し背が高いほうとは言え、

体重も筋肉も僕のほうがずっと上だ。

それがいつまでも乗っかっていたら、苦しいだろう。

そういう頭が働いたのは、身を持ち上げようとしてからで、

身体は反射的に動いていた。

そして、その動きは、僕の頭の後ろにまわされた綾ちゃんの手で簡単に止められる。

「え……」

「ん。……もう少し、このままでいいよ」

「でも……」

「えいっ……!」

綾ちゃんは、強引に僕を引き寄せ、僕の顔を豊かな胸の間に押し付けた。

「!!」

柔らかに張りつめた、暖かなふくらみの合間。

男の子の身体では絶対に存在しない、感触。

恥ずかしさにもがこうとする僕を、綾ちゃんは、優しく抱き締め続け、

僕は、すぐに抵抗をやめた。

「うふふ」

「……」

綾ちゃんが笑う。

先ほどの、<銀弾少女>の妖しい微笑とは違う、笑顔。

おっぱいの間に顔をうずめている僕は、それが見えないけど、

その笑顔を、僕は良く知っている。

目をつぶっても、それは鮮明に思い出すことが出来た。

「……新治君、落ち着いた?」

「ん……うん」

言われてみて、はじめて、僕は自分がやっとリラックスしていることに気が付いた。

 

今日は、フェラチオを入れると、僕は三回、綾ちゃんに射精している。

もちろんそのたびに、身体の内側全部を吐き出すような開放感があったけれど、

今、こうして、綾ちゃんの胸に顔をうずめていることで、

解き放たれたような気持ちになっているのは、それとはまた違ったものだった。

心の奥の深いところが、安心している。

それは、自分自身でさえも今の今まで気が付かなかったほどの奥底の凝り固まった部分で、

綾ちゃんだけが、それに気が付いていた。

「ん……新治君?」

「……な、何?」

「大好き」

「……ぼ、僕も」

ぎゅっ。

また強く抱きしめられる。

とくん、とくん。

綾ちゃんの心臓の音が聞こえた。

激しいセックスの後で、鼓動はまだ早い。

でも、それは、聞いていて、心が落ち着く音だった。

「うふふ、新治君、今日はいつもよりも激しかったね?」

「うん……すごく、興奮した……」

「私も。……でもね、きっとそれだけじゃないよ」

「え?」

「新治君、最近ちょっと張り切りすぎ」

綾ちゃんは、そう言ってまた僕の頭をぎゅっと抱きしめた。

「そ、そうかな……」

答えながら、僕は、それが本当のことだということを、すでに理解していた。

新しい試み。

新しい生活。

アルバイトのことを別にしても、色々なことで僕は、変わりつつある。

それは、成長と言う名の変化で、もちろん喜ばしいものであるけど、

急激な変化に、とまどい、無理をしている部分もないわけではなかった。

「いいんだよ、張り切っても。そういう新治君が、私は大好き。

でも、――そうじゃない新治君だったとしても、もちろん大好き」

綾ちゃんは、僕の頭を撫で始めた。

僕は、真っ赤になった。

成長して行くこと、自分を変えて行くことは、もちろん楽しくて充実するものだ。

綾ちゃんにふさわしい、価値のある男になることは、

僕にとって何よりも大切なこと。

だけど、僕は、それに不安を感じ始めてもいた。

(いつまで、これを続けていられるんだろう)

今は、できている。でも、この先はどうなのだろう。

綾ちゃんのそばに入る限り、なんでも出来ていけそうな気がする。

だけど、綾ちゃんも、どんどん素敵な女性に成長していく。

そして、僕はそれについていけるのだろうか。

もともと、僕は他の男の子たちよりもずいぶん劣っていた。

今は、色々な歯車がうまくまわっているから、できている。

でも、それができなくなったら?

漠然とした不安は、充実した日々の隙間に潜んでいた。

それは僕自身でさえも自覚せずに僕を蝕みかけ、

そして、綾ちゃんは──。

 

「新治君?」

「あ、うん、何?」

「大好き、だよ」

「!!」

綾ちゃんは、それさえも、知っていた。

不意に泣きたくなるような衝動が、僕を襲う。

でも、それは、涙になる前に、綾ちゃんの肌に優しく吸い込まれた。

ああ。わかった。

今は、泣かなくても大丈夫な時なんだ。

綾ちゃんは、僕が本当に泣きたいときには、泣かなくちゃいけないときはきちんと泣かせてくれる。

そういう女の子だった。

僕は、なんだかわからないまま、でも全部がわかったように、

綾ちゃんの胸に顔を押し当て続け、自分を癒した。

「うふふ」

どれだけ、そうしていただろう。

綾ちゃんの笑い声に、僕は、僕がすっかり元気になっていることに気が付いた。

 

「……だから、ね。大丈夫よ、新治君」

身体を起こして見つめると、綾ちゃんは、いきなりそう言った。

細かい説明のことばはない。

でも、何万語を重ねるよりも、僕はそれを理解できた。

(貴方ト私、二人ナラ、ドンナコトモ、大丈夫)

そう。

ずっと前からわかっていたことを、二人は確認した。

綾ちゃんがいるから、僕は変われる。

成長し続けられる。

それで傷ついても、疲れても、綾ちゃんがいることで、

そばにいてくれることで、それさえも癒すことが出来る。

そして、綾ちゃんは、そういうことができることで癒され、成長していく。

永久機関。

二人は、一人では動けない永久機関のパーツだった。

「……」

「……」

僕らは、見つめあい、微笑みあった。

 

そして、キスをしようとして、僕は、綾ちゃんが、

目を丸くして何かを凝視しているのに気が付いた。

「……?」

視線をたどる。

それは、さっき綾ちゃんが<銀弾少女>になりきるべく、

月光を取り入れようとして雨戸を開けたガラス戸のほうで、

そのベランダには──誰かがいた。

「だ、誰だ?」

僕は人影に声をかけた。

「私です。お兄さま、そして、お姉さま」

「……彩?!」

「……妹さん?」

先ほどから、部屋の中を覗いていただろう、その人物は、

ゆっくりとガラス戸を開けて入ってきた。

月光の中で、<マジ狩る少女ぴくる>の装束に身を包んだ、綾ちゃんの妹が。

 

 

 

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