<社の狐・下>

 

 

「おや、坊や、そんなにいいのかい? 男の子も、結構お尻で良くなるもんだね」

突っ伏した僕をしげしげと眺めた小母さんは、布団の上に、僕を仰向けにやさしく転がした。

「……でも、男の子なら、やっぱりこっちのほうがいいよねえ?」

小母さんの手が、僕の物を包み込んで、こすりだした。

「あううっ!」

僕は、もうじたばたする力も残ってなくて、されるがままになっていた。

「可愛い表情(かお)だこと──」

小母さんが優しく微笑んだ。でも手はいやらしい動きをしているままだ。

──やっぱり、小母さんは狐なのかもしれない。

少なくとも、河童はこんなに綺麗で優しくて意地悪じゃない、と思う。

「ふふふ、坊やがあんまり可愛いから、小母さん、うんと良くしてあげたくなったよ」

小母さんは、片手で僕のをこするのを続けながら、

もう一方の手で、お酒をお椀に注いだ。

「まずは、坊やのおち×ちんを大人にしてあげなきゃねえ」

お椀のお酒を口に含んだ小母さんが、僕の股間に顔を寄せた。

たらたらたら。

小母さんの唾液の混じったお酒が、僕のおち×ちんにかかる。

「うひゃあっ」

薄まっているとはいえ、かなりの刺激に、僕は布団の上で飛び跳ねた。

「こら、暴れないの。これですべりを良くするんだから」

狐さんは、僕の根元を指先で握った。顔を寄せる。

「うふふ、坊やのおち×ちん、お皮かむってて、可愛い」

僕の顔は、酔いだけでなく、真っ赤になった。

「そ、それはっ──まだ、僕、子供だしっ!!」

大人の男の人の物は、ちがう形をしていることは僕も知っていた。

「ふふふ、大丈夫。小母さんが、今、大人のおち×ちんにしてあげるからね」

「えっ!?」

言うや否や、小母さんは、僕の物の先っぽを咥えた。

ぢるぢるぢる。

小母さんは、口の中で、ぬめぬめとした舌を僕の先っぽに絡めた。

根元を握る指先をゆっくり動かして、引っ張っていく。

小母さんの唾液とお酒が、隙間からしみこんで潤滑剤になって……。

「うわああっ!」

ちゅるん、という音がした──ような気がした──と同時に、僕は──。

「うふふ、坊や、お皮むけたよ。ほら、こんなに立派……」

僕は、大人のおち×ちんになっていた。

「うう、じんじんするよぉ……」

前を押さえて、僕は体を丸めた。

お酒のせいか、むき出しになったおち×ちんの先っぽが本当にじんじんしていた。

「ふふふ、消毒も兼ねてたからねえ。でも大丈夫、ここからは気持ちよくなるよ」

小母さんが、下半身に覆いかぶさってきた。

また、僕の先端が狐さんに咥えられる。

でもこんどは──違う感覚。

じんじんするけど、さっきまでとは違って、

小母さんの舌が気持ちいいところに直接当たる感じ。

「ひああっ、あ、何これっ!」

「ふふふ、気持ちいいかい、坊や。じゃあ──これもあげる」

小母さんが、また指を僕のお尻に突っ込んだ。尻子玉がぐりぐりされる。

「ひっ、な、何か来るっ、小母さん、離してっ、おしっこでちゃうっ!!」

でも、狐の小母さんは、口を離してくれなかった。

僕は、びくびく痙攣しながら、こみ上げてくるものを小母さんの口に出してしまった。

どく、どく、どく。

ぴゅく、ぴゅく、ぴゅく。

それは、おしっことはちがう物とは、自分でも分かった。

出す時に、ものすごく気持ちよかったから。

小母さんは、それを、口の中に残ってたお酒と一緒に、ごくんと飲んじゃった。

「えへへ、いっぱい出たね。おいしいお神酒だったよ、坊や」

そう言って笑った小母さんは、すごく優しくて、すごくいやらしくて、すごく美人だった。

 

 

 

 

「さて、今度は、坊やに見せてあげる番だったねえ」

小母さんは、つと立ち上がって僕の前で中腰になった。

膝を開いて腰を突き出したから、僕の目の前、三寸のところに、

小母さんの、あれがあった。

「坊や、よく見えるかい?」

「う、うん……」

月の青白い光が小母さんのそれを照らしていた。

「桜貝みたいだ……」

それは、母上が海で拾ったという綺麗な貝の色をしていた。

本物の桜貝の貝殻は、向うが透けて見えてるくらいに薄いけど、

狐の小母さんのそこも、同じくらい繊細に思えた。

小母さんの性器の上にある毛が、髪の毛と同じでやっぱり真っ白なせいかもしれない。

「ふふふ、ありがと」

「これが、女の人の……なの…?」

「そ。ここが、坊やのおち×ちんを一番気持ちよくさせられるところだよ」

狐さんの声と、目の前の柔らかそうなものが、僕を行動に導いた。

「お、小母さんっ──!」

「あっ」

気がついたとき、僕は小母さんの股間に顔をうずめて、それにむしゃぶりついていた。

狐さんのあそこ。狐さんの粘膜。狐さんの蜜。

ぬめぬめした襞ひだと、ぬるぬるとした粘液はちょっとしょっぱかったけど、

不思議と舐め続けたいものだった。──これが大人の味なのかな。

「んんっ、──ぼ、坊やっ」

小母さんは、僕の頭をぎょっと押しつけた。

「むぐふうっ!?」

ちょっと息苦しくなったけど、僕は頑張って舐め続けた。

「あっ、あっ、じょ、上手だよ、坊やっ」

狐の小母さんが、腰をがくがく揺らしているのがわかる。

「はふうっ」

狐さんが、こてん、と尻餅をついた。

僕は、狐さんに頭をあそこに押し付けられていたから、そのまま、そこに覆いかぶさるような感じになった。

小母さんのあそこを舐めることも続ける。

「ひあっ、だ、だめっ、坊やっ、いいっ、上手っ!!」

狐の小母さんは、いいのか、だめなのか、どっちかわからない反応をしている。

──だったら、続けちゃえ!

僕は、小母さんのあそこに思い切り口をつけてぢゅるぢゅると吸ってみた。

「〜〜〜っ!!」

小母さんは急に跳ね上がるようにのけぞると、がくっと体中の力を抜いた。

じゅわっ、と、狐さんのあそこから、蜜があふれ出した。

「お、小母さん……?」

僕はびっくりして顔を上げた。

小母さんは、ふぅふぅと荒い息をついている。

「……大丈夫。……坊や、すごいねぇ。小母さん、いかされちゃったよ」

「いかされる?」

「うんと、気持ちよくなっちゃうことさ。──坊やも、さっき、私のお口でなっただろ」

「……あ」

女の人も、あんな感じになるのか。

あれ、すごく気持ちよかった……。

思い出したら、僕のおち×ちんは、ぐぐっと硬くなっちゃった。

「ふふふ。元気だねえ、坊や。今度はもっと気持ちよくしてあげるよ」

狐の小母さんは、息を整えながら目を細めて笑った。

「さ、ここに坊やのおち×ちんを入れてごらん」

小母さんは、太ももを大きく開いて、あそこを指で広げた。

 

 

 

十一

 

「こ、ここに入れるの──?」

「そう。小母さんのここに、坊やのおち×ちんを入れるんだよ。──それが男女のみそかごと、さ」

小母さんのあそこに、僕のおち×ちんを入れる。

そう思っただけで、頭と心臓が爆発しそうだった。

僕は、狐の小母さんが導くままに、その体の上に乗った。

カチカチのおち×ちんを小母さんのあそこにあてがう。

小母さんのあそこは、蜜でとろとろしていた。

「そう、そこよ。──ゆっくり腰を沈めて……んっ」

にゅるっと、僕は小母さんの中に入った。

「んんっ、な、何これっ!」

小母さんが僕の物をお口に咥えてくれたときも、

唾液でぬるぬるしてて、あったかくて、気持ちよかったけど、

小母さんのあそこの中は、もっとぬるぬるしてて、あったかくて、気持ちよかった。

お口の中では一枚しかなかった舌が、あそこの中には何枚も何十枚もあるようだった。

「んふふ、……どう、気持ちいいかい、坊や?」

「き、気持ち…いいですっ! 小母さんの中……っ!」

「そう。動いてごらん。もっと気持ちよくなるよ」

小母さんが僕の腰に手を回して前後にゆする。

僕は、女の子──織江が泣く時のように甲高い声を上げた。

「どう、坊や、おち×ちんが気持ちいい?」

「気持ちいいっ、おち×ちん、気持ちいいっ!」

僕があえぎあえぎ答えると、小母さんは一瞬沈黙した。そして──

「……坊や…」

「…は、はいっ?」

「……小母さんのおま×こ、気持ちいい、って言って……」

「え──?」

僕が一瞬我にかえったのは、小母さんの声がかすれ、震えていたからだ。

「気持ちいいって、言っておくれな……」

狐の小母さんが下から僕を見上げる。

すごく真剣で、すごく悲しい眼だった。

「……言ってくれたら、小母さん、坊やになんでもしてあげる…だから……」

僕はぎゅっと眼をつぶった。

今しなきゃならないことが、分かったからだ。

「うん──。小母さんのここ、すごく気持ちいいよ」

言うと同時に、僕は腰をふり始めた。

嘘じゃなかった。小母さんのあそこは、ものすごく気持ちよかった。

小母さんの真剣さに、ちょっとびっくりしていた僕のおと×ちんは、

たちまちさっき以上にカチカチになった。

小母さんの蜜と、肉襞がそれに絡みつく。

「いいの? ──私のここが、いいの?」

小母さんはおずおずと聞いてきた。

まるで織江よりももっとちっちゃな女の子のように、頼りない声だった。

だから、僕は、大きな声で答えた。

「気持ちいいよっ、小母さんのおま×こ、すごくっ気持ちいいよぉっ!!」

「ああ……」

狐の小母さんが、眼を閉じて大きく息をついた。

何か小母さんをきつく縛っていた戒めが解き放たれたような、そんな吐息だった。

「おば……」

声を掛けようとした僕を、小母さんが眼を閉じたまま、ぎゅっと抱きしめた。

「──ありがとう。坊や」

小母さんのあそこが、きゅっと締まった。

「うふふ、お礼に、うんと気持ちよくしてあげるよ」

小母さんのあそこから新しい蜜があふれ出して、僕を包み込んだ。

「うー。僕だけじゃやだ。小母さんも、気持ちよくなってよ。──いっしょに気持ちよくなろっ!」

僕の返事に、叔母さんはびっくりした風に目をあけたけど、僕と視線が合うと、にっこり笑った。

「……そうね。小母さんと一緒に気持ちよくなろうね」

 

 

 

十二

 

僕たちは動きを再開した。

狐の小母さんは声を押し殺したり、大声を上げたり、ひそひそとささやくように呟いたりしながら

僕の動きに体を合わせていった。

そのたんびに、僕のおち×ちんは、おばさんのそこに

きゅうきゅうと締め付けられたり、大胆な抜き差しに導かれたり、ひくひくと小刻みに嬲られたりされた。

やがて、僕に、ものすごく気持ちよくなる瞬間が来た。

「あっ、お、小母さん、僕、もうっ……!」

「いいのっ、出してっ、小母さんのあそこの中に、そのまま出してっ! 坊やの精を、私に注いでっ!!」

小母さんは今までで一番強く僕を抱きしめ、足を絡めたので、僕は身動きができなくなった。

「──ッ!!」

びゅく、びゅく、ぴゅる。

僕は、小母さんのあそこの中に、精を出した。

口の中に出した時よりも、もっともっといっぱい出した。

小母さんは、嬉しそうな声を上げて、僕を抱きしめ続けた。

「──ありがとう。……ずっと、あなたに、注いでもらいたかった……」

狐の小母さんが、僕の耳元でそう呟いた。

それは、僕以外の人に対するものであることは、間違いなかった。

「──」

僕はちょっと嫉妬してしまった。

ぎゅっと、小母さんを抱きしめる。

「……坊や…?」

「まだだよ、狐の小母さん。もっともっと、小母さんに注いであげるっ!」

小母さんの中に入ったままの僕のおち×ちんがまたカチカチになった。

狐さんが、声を上げる。

僕はまた腰をふり始めた。なんとなく、やり方がわかってきた。

どうすれば小母さんが喜ぶのかも。

小母さんは歓喜にあえぎ、すすり泣いて、僕を受け入れた。

「──うわっ、小母さんっ、またっ出ちゃうっ! 小母さんのおま×こに出しちゃうっ!」

「いいのっ、いいのよ、坊やっ! 小母さんの中に出してっ!」

びゅく、びゅく、びゅく。

僕は何度も叔母さんの中に僕を注いだ。

何度出しても、ぼくのおち×ちんはカチカチのままだった。

「……こっちも!」

息も絶え絶えの小母さんをうつぶせにする。

小母さんの、白くて大きくて綺麗なお尻を掴んで、左右に割った。

「あっ、坊や、そこは……」

小母さんが狼狽した声を上げる。

「こっちにも、注いであげる!」

僕は小母さんの肛門におち×ちんをあてがった。

小母さんのお尻のすぼまりはきつかったけれど、

僕の精と、小母さんの蜜でどろどろになったおち×ちんはすんなりと中に入ることができた。

おま×ことはちがう、きゅうきゅうとした締め付け。

「んんーっ!」

小母さんが声を押し殺してあえぐ。

僕は小母さんの大きなお尻を抱えて、夢中で腰を振った。

狐の小母さんのお尻の穴を何度も犯して、何度も精を注いだ。

前の方に注いだのと同じくらいの回数を果たした頃、やっと限界が来て、

僕は小母さんの体の上に折り重なるように倒れこんだ。

 

 

 

十三

 

──あなたに、優しくされたかった。

──あなたに、優しくしたかった。

──あなたに、許されたかった。

──あなたを、許したかった。

 

狐の小母さんが、歌っていた。

歌うように呟いていた。

僕ではない、誰かに向かっていった言葉だった。

「……小母さん……」

「ん……なんだい?」

炎のような一時がすぎて、冬の夜気さえ心地よいまどろみの中、僕と狐の小母さんは、抱き合って横たわっている。

僕はちょっと迷ったけど、聞いてみることにした。

「小母さん、好きな人がいたの? ──さっきの……」

僕の質問に、狐さんはちょっと目を見開いたけど、また眼を閉じて僕を抱きしめた。

「うう…ん。どうかねえ。自分でもわからないのさ。あの人とのことは……」

「あの人って──?」

「小母さんの髪を、こうしちゃった人。小母さんが昔ひどい事をしたんで、お仕置きをした人。

小母さんに、優しくしてくれなかった人。小母さんが、優しくできなかった人。

小母さんを毎晩抱いたのに、小母さんのあそこが気持ちよくないって、一度も精を注いでくれなかった人」

「ひどい奴だね、そいつっ──!」

「ううん。小母さんは、そうされて当然の事をその人にしちゃったの……」

「──小母さん、悪い人だったの?」

「ん……」

狐さんは、ちょっと笑った。

「そ。すごく悪い狐だったんだよ。

小母さんの相方も、悪い雄狐でね、あの人に隠れて、二匹でひどい悪さをしてたのさ。

でも悪さがばれて、雄狐は退治されて、小母さんもうんとお仕置きされたんだ。

おかげで髪の毛が真っ白になって、小母さんは今みたいな白狐になっちゃったのさ……」

「なんだか、……可哀想な話だね」

「ううん。小母さんが騙しちゃって、お仕置きされた相手も、その時は本当に怒ってたんだけど、

最後には許してくれたんだ。身体と心を治せるように、この小屋も作ってくれたし──」

「……」

「そりゃその時は、私もあの人のこと、恨んだよ。憎んだよ。

一度は気が狂って髪が真っ白になるくらい、毎晩毎晩責められたからね……。

でも……ここで落ち着いて暮らすようになると、やっぱり、

あれは、ああなるべきものだったのかも知れないって、思うようになったさ」

狐さんは、僕ではない誰かに──あるいは自分に言って聞かせるようだった。

「でも、心のどこかで、きちんと許してもらってないような気がしてたんだね。

最後にあの人と別れたとき、私はまだ気が触れていたままだったから。

お別れの挨拶も、きちんとした謝罪もできなかったから、きっとわだかまりが残ってたんだろうね……」

「──」

「でも、坊やに、気持ちいいって言ってもらって、精を注いでもらって、

うんと優しくしてもらって、坊やにも優しくさせてもらったら、

──なんだか、そいつがすっと消えちゃったよ。ありがとうね、坊や」

小母さんは眼をつぶったまま微笑んだ。そして僕の髪を優しくすいてくれた。

その手がとても気持ちよくって、僕は必死で起きていようとしたけど、すぐに眠りに落ちてしまった。

 

 

 

十四

 

カッ。カッ。

乾いた音が聞こえて、僕は目が覚めた。

小屋の中に狐さんはいなかった。

音を頼りに、外に出てみる。

狐さんは、小屋の裏手の大きな木にぶら下げた的に、手裏剣を投げているところだった。

カッ。カッ。

小気味よい音を立てて的の真ん中に細い手裏剣が当る。

「おや、坊や。お目覚めかい。──すぐにご飯にするから、待っておいで」

僕に気がついた狐さんは、にっこり笑って最後の一本を投げた。これも真ん中に命中。

「狐さん、すごい腕……」

昨日、牢人を追い払ったのも、この手裏剣技だったんだろう。

「ふふふ。十年もこれだけやってれば、女でもこのくらいの腕になるさ」

「十年も!」

「そう……。昨日、言ったかもしれないけど、私はちょっと気が触れてた時があってねえ。

ここで療養するのに、これで心を落ち着かせたほうがいいって教わったのさ」

ふと気がついて、僕は狐さんに質問した。

「狐さん、十年もこの森にいたの?」

「ん。──最近は時々街に下りたりもするけど、それまではずっと森の中さ」

「……さみしくなかった?」

「そりゃ、さみしいよ。こんな寒い時期は特に人恋しくてね。

ふふふ、でも昨日は坊やのおかげで全然さみしくなかったけど、ね。

……あ、そういえば、──昨日のことは、誰にもないしょだよ、色々とね」

狐さんは、いたずらっぽく笑って小屋の中に入っていった。

僕は昨晩のことを思い出して真っ赤になって後に続いた。

「──でも不思議だねえ。長い間、ここに一人で住んでいるけど、

あんなになったのは、昨日がはじめてだよ。ま、兄さん以外に誰かが来ることもなかったけどね」

「お兄さん──?」

僕は朝食の干し飯を噛みながら聞いた。

「わたしの兄。昔から、随分迷惑かけてるんだ。小屋も建ててもらったし、手裏剣を教えてくれたのも兄さんさ」

「へえ。すごいんだね」

「ふふ、街で剣術道場を開いてるよ。手裏剣教わりたければ行ってごらん」

「う……ん。道場は、もう、叔父さんのところに通ってるんだけど…あんまり行ってない」

道場をサボりまくっていることを思い出して、ちょっと気まずい。

「そうかい。──ま、気が向いたら青木坂にある、庭に大きな橙が植わった道場に行ってごらんな」

「え……、そこ、牙猪斎叔父さんのとこ……?」

「おや、知っているのかい。……叔父さんっ!?」

狐の小母さんは、びっくりしたように大きな声を出した。

「え? え? え? 牙猪斎先生は、僕の母上の弟だから叔父さんだけど……。

……狐の小母さんのお兄さんが、牙猪斎叔父さん?」

「ぼ、坊や──、名前、なんて言うんだい?」

「寅之助。──七篠寅之助」」

小母さんは、呆けたように座り込んだ。

 

それから、狐の小母さんは、なんだか考え込んでいた。

朝食を終えて、一緒に小屋から出たけど、ずっと上の空な様子だ。

僕は僕で、なんで小母さんのお兄さんが牙猪斎先生なのか、混乱する頭で考えていた。

──だから、森のちょっと開けた場所で、牢人たちが待ち伏せしていたのに気がつかなかった。

 

 

 

十五

 

「──ははっ、手裏剣使いも、最初に腕をやられちゃ何もできねえな」

小母さんの右腕を短弓で撃った夜盗の頭目が下卑た笑いを浮かべる。

七、八人いる夜盗ども──昨日の三人もいる──もいっせいに嘲笑った。

六尺五寸(195センチ)もある化物のような大男なのに、卑怯な奴だ。

「坊や、お逃げっ!」

狐の小母さんは真っ赤に染まった肩を抑えながら僕をかばって前に出た。

「おっと、顔とねぐらを知られた以上、そのガキも逃がさねえ。

──安心しろ、お前のほうを殺すのは、俺らの慰みもんにしてからだ」

「畜生っ!」

小母さんは左手で手裏剣を撃とうとしたけど、うまく投げることができなかった。

牢人の一人が後ろから近づこうとする。

「くそっ!」

僕は木の棒を拾って構えた。

膝ががくがくする。

木刀って、どう構えるんだっけ?

頭では知っているはずだけど、普段サボっているから、身体が覚えていない。

そして、いざという時は、身体が覚えていることしか役に立たないのだ。

僕は、剣の構え方どころか、握り方さえ忘れてしまって困惑した。

その時──。

「……剣の柄は、雑巾を引き絞るようにして掴むものだ」

静かだけど、よく通る声がした。僕の良く知っている人の、声。

「──え?」

「だ、誰だっ?」

振り返った牢人たちが、暴風のように飛び込んできた二つの影に叩きのめされたのは次の瞬間だった。

誰何の声をあげた体勢のまま、あっという間に七人の牢人が崩れ落ちる。

「牙猪斎叔父さん!」

僕の通っている街道場の先生で、僕の叔父さん、牙猪斎先生は、

号の通り──叔父さんの本名は宗太郎、と言う──牙を持った猪のように猛烈な剣の持ち主だ。

それは先代で、僕にとっては母方の祖父に当たる剣豪・鳴神一牙斎にも勝るとも劣らぬ、速くて重い斬撃だった。

だけど、その叔父さんより、もっと速くて重い剣を振るう人がいた。

「──」

頭目の前に走りこんだその人は、足を止めずに無造作に八双に木刀を構え、無造作に袈裟懸けの一撃を振るった。

真剣を抜いた人間相手に、恐れも躊躇もない一撃だった。

がつん、という大きな音がして、雲を突くような大男がどう、と倒れた。

肩への一撃、それだけで鬼のような頭目は骨を砕かれ、白目を剥いて失神していた。

「──お見事。しかし、ご家老のあなたがこのような危ない橋を渡るべきではありません」

牙猪斎叔父さんが、渋い顔をして言った。

「別に危ない橋ではない──だが、たとえ、そうであっても何度でも渡るさ」

木刀を下ろしながら姿勢を正した人に、僕は思わず叫んでいた。

「父上──!」

僕の父、○○藩江戸家老、七篠大膳は大股に歩み寄ってくると、無言で僕を張り倒した。

それから、僕を引き起こすと、無言のまま抱きしめた。

殴りつけたのも、抱きしめたのも、大きくて、強くて、暖かい手だった。

しばらくそうして、父と僕が立ち上がったとき、叔母さんが深々と頭を下げていた。

「──辰之助様……」

「葉月……」

それが、父上と、狐の小母さん──葉月叔母さんが再会した瞬間だった。

 

 

 

十六

 

結局、その場は、織江──彼女が夜通し駆け戻って父上と叔父さんを呼んできてくれた──が

無事な僕を見てわんわん泣き出したので、その収拾に大わらわだった。

その後数日も、やっぱり大わらわだった。

畜生働きの夜盗が捕まったことで、城下が沸き立ってすごいことになったからだ。

父上はみんな牙猪斎叔父さんが成し遂げたことにして、表に出てこなかったけど、

僕や織江が関係していたことはすぐに知れ渡った。

叔父さんの道場に顔を出すと、みんなちょっと尊敬の眼で見てくれたし、

僕がそれに慢心することなく、もう一度基本稽古から真面目に通うようになると、

少しずつ友達になってくれる子も増えてきた。

 

──あの後、葉月叔母さんは、街に戻った。

叔父さんからちょっとだけ教えてもらったけど、叔母さんは、昔、父上と結婚していたそうだ。

その頃に、叔母さんは何か「悪さ」をしでかしていて、父上に「お仕置き」されて離縁されたらしい。

父上のその「お仕置き」があんまりにも厳しかったので

叔母さんは、一時期、気が違っちゃって髪の毛が真っ白になってしまったらしい。

父上はやりすぎたことを反省して、小母さんを牙猪斎叔父さんに預け、

森の小屋を作って療養させていたということだった。

何か色々会って、結局、父上は母上──弥生と言う──と結婚して、僕が生まれた。

叔母さんの言う「悪さ」と「お仕置き」がどんなものだったのかわからないけど、

今となっては、もう、お互いが許しあっているとのことだった。

それと、織江のことも、聞かされた。

織江は、兵馬さんと言う人──叔母さんの言う、悪い雄狐──が、

叔母さんにかくれて作っていた忘れ形見だそうだ。

父上は、兵馬さんにも「お仕置き」をして、兵馬さんはこの街を逐電し、隣の藩で死んでしまったそうだ。

そのことも後悔していた父は、葉月叔母さんを療養させるのと同時に、

兵馬さんの遠縁に、僕の許婚にすることを条件に織江を養女にさせたのだという。

──そうそう、織江は、あの後随分強くなった。

あの時、無事な僕を見て、ものすごく泣いてからは、一度も泣いてない。

織江が言うには、「もう一生分泣いたので、これからは泣きません」だそうだ。

最近は随分しっかりしていて、うっかりすると、僕のほうが織江に注意されたりする。

特に、僕が狐の──いや、葉月叔母さんのところで、こっそりお酒飲んでたりすると、

なぜか織江にはすぐにばれて、いつも怒られる。

 

叔母さんは、この一件がきっかけで森から出て、牙猪斎先生の道場に戻った。

不思議なことに、それからみるみる髪が黒くもどった。

「坊やのおかげだよ。──悪い狐は、人間に戻れたんだ」

叔母さんはそう言って笑った。

最近では、再婚話も持ち上がっているらしい。

僕は時々遊びに行くけど、もう、あの一晩のようなことはない。

ただ、葉月叔母さんはけっこう飲兵衛で、僕もちょっとお酒が好きになったので、

二人でこっそり、ひと椀ずつ飲んでたりする。──織江に見つかるとすごく怒られるけど。

 

 

 

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