<七つの大罪>・上

 

 

「そろそろか……」

僕は、モニターを見つめながらつぶやいた。

「いいえ、もう来ているわよ」

背後から弾んだ声がした。

聞きなれた──だが、もう何年も聞かなかった声。

振り返ると、彼女は、あの時のままの姿でそこにいた。

黒と白とが完璧に調和したゴスロリは、象牙のようになめらかな肌にこそふさわしい。

「お久しぶり。すっかり忘れられていたと思っていたわ。思い出してくれて、嬉しい」

僕が書きかけ、放置したSSのヒロイン──<禁断少女>はにっこりと微笑んだ。

 

「うふふ。しばらくぶりだけど、ここは前と同じくらい元気。ううん、ずっとずっとカチカチね」

椅子に座る僕の前にひざまずいた<禁断少女>は、慣れた手つきで僕のズボンを下ろした。

一週間の禁欲のせいで早くも熱く硬くなりはじめた男性器をひんやりとした手で嬲る。

「あれっ? 前よりも大きくなったんじゃないかしら。

私を呼ばなかった間に、……誰と浮気したの?」

上目遣いで軽く睨みつける人外の美少女に、僕はあわてて何か言おうとした。

でも、それがことばになる前に<禁断少女>は小さく微笑んだ。

「うふふ、怒ってないわよ。色んな女の子とエッチしたがるのは男の子の性(さが)だもの。

でも、時々、私のことを思い出してくれると嬉しいな。――今日みたいに」

僕がはじめて書いたエロSSで描いた少女。

その女の子にそっくりな顔を持つ<禁断少女>は、

乙女の清楚さと娼婦の妖艶さを同居させた微笑を浮かべ、僕の心臓をばくばくさせた。

ぴちゃ。

ちゅるり。

僕の性器に、女の子の柔らかな舌が這う。

想像の、妄想の中の産物でしかなかったそれを現実以上の現実にしてくれたのは、

SS書きの妄念の極みに現れる少女──<禁断少女>。

はじめての夜と同じ、魂まで震える興奮が、僕の身体と心を暗い炎のように包んだ。

 

「ふふ、久しぶりの貴方の匂いと味。」

清楚な美少女が、無垢な微笑を浮かべる。

男の欲望をむき出しにした性器に口付けしながら。

その背徳的な姿は、神々しささえ漂っていた。

僕の男根が天を向いてそそり立つ。

少女の、幼い柔らかさを残した舌が、赤黒い生々しい牡の器官を這う。

<禁断少女>は、敬虔な少女が十字架(クルス)に口づけするように

うやうやしくそれに奉仕した。

「うあ……」

声が漏れる。

人外の美少女は、にっこりと笑った。

「ふふふ、いきそう?」

「ご、ごめん、も、もう……」

男としての情けなさを感じて、僕はうつむく。

その顔が、優しい手で上に向けられた。

「恥ずかしがらなくていいわよ。すぐにいきたくなるのは、

貴方が私をずっと待っていてくれた証拠。貴方が私のことを好きでいてくれた証拠」

両手で僕の頬をはさんだ<禁断少女>が僕の瞳を覗き込む。

「あ……あ……」

天使のような微笑に、僕はがくがくと身体を震わせた。

「……でも、いくときは、私のここで、ねっ」

その微笑を崩さず、だが、小悪魔となった少女は椅子に座る僕の膝の上に乗る。

象牙細工のような指が、桜色の幼い秘裂を自分から割った。

「うふふ」

僕の目が、自分の性器にクギ付けになったのを見て、<禁断少女>は妖しい笑みを浮かべた。

娼婦のように大胆にそれを広げてたっぷりと見せ付けてから、

少女はそれを僕の性器にこすりつけた。

透明な露がにじみ出ている粘膜は、熱くて硬い獣欲の化身に吸い付くように密着する。

「うああっ……」

そうして触れられるだけで、僕は頭の中が真っ白になった。

 

「さ、私の中にいらっしゃいな」

少女は、天使で、小悪魔で、娼婦で、――そして<禁断少女>だった。

僕の体と性器は、ほとんど痙攣のようにわななきながら少女の中に入って行く。

ずぶずぶ。

ちゅく。

温かく湿ったそこは、女の体の奥底にしかない感触で僕の男をくわえ込んだ。

「あっ、あっ……うわああっ!」

はじめて彼女と交わったあの日、

溜め込んだ妄想と精液とインスピレーションと童貞を捧げたあの日と同じ快感が僕を包む。

「ふふ、いっぱい出して良いわよ」

僕の髪を梳きながら、<禁断少女>が耳元でささやいた。

「あああっ!!」

女の子のように甲高く甘い悲鳴をあげながら、僕は少女の中に射精した。

びゅくん、びゅくん。

脈打つ男根が、大量の粘液を噴出すのが感じられた。

淫らな欲望のままに、ゴスロリの似合う美少女の中に精液を放つ。

幼い子宮を僕の精子で穢(けが)す。

その罪悪感と快楽に、僕の背筋に蛇が駆け抜けた。

股間から頭頂に向かって電流のように走りあがったそれは、

射精の律動と全く同じタイミングで僕の精神と身体とを支配した。

「おおお……」

かすれた声とともに、僕は狂おしい衝動に悶えた。

「……」

<禁断少女>が、空を掴むような動きの僕の手にそっと触れた。

自分の身体を抱くようにそれを導き、

そして自分の手を僕の背にまわして身体を密着させる。

優しく、堅い抱擁でお互いを抱え込みながら、僕らは交歓を続けた。

「ふふふ……」

妖しく、淫らに、でも優しく微笑む魔性の美少女の中に僕は射精をし続け、

そして、彼女は僕のすべてを飲み込み続けた。

 

「――ふふ。続き、書いてくれてるんだ」

背もたれ付の椅子の上に身体をもたれかけさせ、荒い息をついていると、

<禁断少女>は、僕からそっとはなれ、パソコンのモニターを覗き込んだ。

書きかけの、そしてずっと放置していた僕の作品を、

ゴスロリの少女が嬉しそうに微笑んで見つめる。

あれから、一行も書いていない。

どうしても詰まって、読み手からの批評も良くなくて、

いつしか書くことも、続きを考えることさえもできなくなった作品。

でも、自分が生まれたその文章を、<禁断少女>は飽きることなく見つめ続けた。

まるで、あたらしいページが、一行が続いているかのように、熱心に。

だが、それが書かれる日が永久に来ない事を、書き手である僕は知っていた。

「……ね」

「……何?」

いきなり声をかけられ、僕は動揺した。

「いつか、この続き、書いてくれる?」

<禁断少女>は、モニターのほうを向いたままだ。

僕の動揺を、僕の無言を返答を見ないでくれるために。

「……」

僕は黙って目をそらした。

「……いいの、まだ書けないのなら、今でなくていいの。

いつでもいいから、考えておいてね。私は永久に待つことが出来るから」

寿命などというものがない、美しい超自然の存在は無邪気に微笑んだ。

返答を求めない、優しい保留のことば。

「……」

僕は──僕はそれでも返事が出来なかった。

書けないから、だけじゃない。

僕は目をそらし続けた。

少女から。

 

──そして、惨劇の始まりから。

 

どすっ。

どすっ。

柔らかな肉に金属が突き刺さる音は、二つ同時に聞こえた。

禁断少女の左右から。

「な……に……これ……」

かはっ。

少女の唇から紅い血が吐き出される。

ぐらつく身体をパソコンデスクで支えながら禁断少女は振り向き、

自分のわき腹にナイフを突き刺した相手を見た。

──自分と同じ衣装、同じ顔立ちの少女を。

 

「はじめまして。私は<誤字>。<書き手の七つの大罪>の、その一」

「はじめまして。私は<脱字>。<書き手の七つの大罪>の、その二」

 

「か、<書き手の七つの大罪>……?」

自分と同じ姿の少女を見つめ、禁断少女は血でぬめる唇を震わせた。

「そう。あらゆる書き手が犯す過ち」

「私たちは、その罪業の化身」

同時にあがった声は、ふたつでひとつの答えだった。

「くっ!!」

そのことばの意味を、おそらく<禁断少女>の頭は、まだ理解していなかっただろう。

ただ超自然の存在である彼女の本能が、理解よりも先に二人の少女を「敵」と見定めた。

たおやかな白い手が振るわれ──空を切った。

その気になれば猛獣さえも一撃で屠る繊手が、誰もいない空間を虚しく薙いだことを悟ったとき、

<禁断少女>は、はじめて驚愕の表情を浮かべた。

 

「愚かな。私は、あらゆる推敲の目を逃れる存在。

十人の書き手のチェックをもかいくぐった事があるわ。

貴女ごときの目で見切れるとでも思っていたの?」

──禁断少女の右わき腹を刺した<誤字>が嘲笑する。

嘲りを浮かべた唇は、歌うように何かの文章を朗読した。

「……<○○は、ぽったりと僕に密着した>。

ふふふ、ぽったりって何? ぴったりのまちがい? ぽっちゃりのまちがい? 見苦しいわ」

 

「お馬鹿さん。私は<書き込み>のボタンを押した後に現れる存在。

書き手は投稿する以前には、決して私を見つけられないし、直せもしない。

貴女ごときの手が届くとでも思っていたの?」

──禁断少女の左わき腹を刺した<脱字>が嗤(わら)う。

侮蔑を含んだ唇は、謡うように何かの一節を朗読した。

「<……じゃ、○○さんとやらと別れるが良いんじゃない?>。

意味が通じないわ。「別れる」と「が」の間に「の」が抜けているんじゃない? 恥ずかしいわ」

「……!!」

自分の身体を構築する文章の問題点を指摘され、禁断少女は痛みに身を捩った。

ナイフのえぐった傷と同じ深さの痛みに。

 

「──あらあら、とっても痛そうね。楽にしてさしあげましょうか?」

愕然と振り向いた<禁断少女>の視線の先に居たは、パソコンデスクの上に腰掛けた少女だった。

 

「はじめまして、そして、すぐにお別れね。

私は<投下後リロード>。<書き手の七つの大罪>の、その三」

 

<誤字>と<脱字>と同じく、<禁断少女>と全く同じ顔と肢体を持つ少女は、

スカートを上品につまんでお辞儀をした。

その古風で大仰な挨拶は、いかにもゴスロリの美少女に似合ったものだ。

自分のお気に入りの仕草を完璧にコピーされたことに驚く間もなく、

<禁断少女>の身体がよろめいた。

無数の見えないつぶてに襲われた如く。

「ふふふ。気になる? 気になる?

生れ落ちた自分という文章が他人にどう見られているのか?

貴女、このつぶてと同じ回数、投下したスレを更新したわね。

投下して一分で十回もリロード。正気の沙汰ではないわ」

艶やかな髪を、黒白のドレスを、そこからのぞく象牙色の肌を、

不可視のつぶてはあらゆる角度から容赦なく打ち据えていく。

がっくりと床に跪いた<禁断少女>に、<投下後リロード>が残酷に微笑んだ。

「そうそう、貴女。自信がない作品を投下したあと、

レスが怖くてスレをのぞけない事もあったわね。

それって、これくらいのプレッシャーだったかしら?」

<禁断少女>が、はっと上を見上げたのは、この世の者ならぬ力によるものか。

だが、それはさらなる恐怖と痛みを彼女にもたらしただけだった。

「……!!」

つぶてを何百も集めたものに匹敵する、巨大な見えぬ岩塊。

それは、立ち上がれぬ<禁断少女>を上から押しつぶし、床に押し付けた。

「……っ!」

紅い唇から、もっと紅い血がこぼれる。

うつぶせに倒れた<禁断少女>は、まるで標本台にピンで刺し止められた虫のようだった。

ゴスロリのドレスを纏った四肢が、たおやかに、だが必死にもがく。

その、この世のものとは思えぬほど美しい「虫」に、

新たな刺客がゆっくり歩み寄った。

 

「痛い? 苦しい? じゃあ、現実逃避、しましょうよ」

 

現れたのは、またも<禁断少女>と同じ美貌を持つ少女だった。

 

「こんばんは、私の、今日だけのお友達。

私は<脱線>。<書き手の七つの大罪>の、その四」

 

くすくすと笑いながら自分の傍らに立つ相手を、

<禁断少女>は、呆然と見上げた。

やはり自分と同じ顔を持つ、新たなゴスロリ少女を。

「色々と疲れちゃったのかな? そういう時は、思いっきり現実逃避。

今までのつながりも、これから先の流れも、みんなみんな忘れてしまいましょう。

──書けないエッチシーンより、延々バトルシーン書いてたほうが楽しいですもの!

延々10KB分、エロなしで食卓やプロレスゲームの描写もいいんじゃないかしら?」

黒のスカートから生えた、白いニーソックスの足が<禁断少女>の頭に載せられる。

次の瞬間、何の手加減もない力と体重がかけられ、<禁断少女>は身もだえした。

艶やかな黒髪を、同色の靴が踏みにじる。

「あはは。痛い? 苦しい? でもさっきの現実は忘れられたでしょう?

逃げることで、別なものを書いてごまかすことで、

書きたいものを書けない苦しみは忘れることができますもの」

「……!」

幼い美貌が床に押し付けられて歪む。

それは、痛みか、苦しさか、悲しみの表れか。

踏みにじった相手を見下ろして、新たな苦しみを生む逃避の化身が微笑んだ。

 

「――」

突然、空気が凪いだ。

地に伏した<禁断少女>を中心として。

「……」

四人の少女が沈黙した。

一斉に目をすがめ、一斉に飛び下がる。

ゆらり、と立ち上がった黒と白でできた人外の美少女を前にして。

「……なかなかやってくれるわね。私の偽者たち」

漆黒の瞳に地獄の炎を宿らせた<禁断少女>が自分と同じ姿の少女たちをねめつける。

「これは、お返しをしなきゃ──」

四人の陵辱を受けてどこかを切ったのだろうか、

髪の中から一筋の血が滴り、白磁の美貌を滑るようにゆっくりと流れていく。

それは、<禁断少女>の幼い微笑にこの世ならぬ凄惨な美しさを添えた。

「貴女たちが何であるか、だいたい「分かった」わ。

どうすれば滅ぶのか。面倒な手順だけど、その方法も。

遊びの時間はおしまい。――私、そこの男の子とデートの途中だから」

<禁断少女>の瞳が僕を見据える。

彼女は「識(し)った」のだ。

誰が彼女を裏切ったのかを。

誰がこの四人の少女を闇の奥底から呼び出し、彼女を殺そうとしたのかを。

「……そんなに……そんなに、私の存在がうとましかったの? 負担だったの?

続きを書けない、私という「物語」が……」

深い悲しみに満ちた声は、しかし、それと同量の怒りを伴っていた。

僕の喉が、ごくり、と鳴る。

はじめて彼女に出会った日、超自然の存在とその美しさを知ったときに感じた畏れとともに。

「……いいわ。貴方とは、後でゆっくりとお話しましょう。

倒れている間に見つけ出したこの術式で、この娘(こ)たちを屠った後で!!」

<禁断少女>は、組んだ両手を自分の胸元に押し当てた。

祈るようなその姿を見て、四人の少女たちが蒼白になった。

彼女が虚空の果てから見つけ出し、今その白く小さな手の中に持つ術式の力を悟って。

ただ組んだだけの両手が、四人の少女に魂を凍らせるような重圧を与える。

──<禁断少女>は、自分たちが生まれた闇よりも、さらに深い闇の中から生まれたのだ。

絶望が四人の少女を覆い、<禁断少女>は残酷に微笑んだ。

たおやかな手が、ゆっくりと前に突き出される。

敵を屠るべく。

敵を滅ぼすべく。

そして、――そして、何事も起こらなかった。

 

「え……?」

この美少女のこんな表情を見たことがある人間がいるだろうか。

困惑、恐れ、焦燥、怯え。

人外、超自然の存在。

人よりも神に──女神に近い少女が本来浮かべるはずもない表情を浮かべる。

僕は、それを目撃した最初の一人になったのだ。

世界のタブーというタブーを犯したかように、僕の心臓が黒い律動に早鳴る。

あるいは、僕が彼女を裏切ったのは、彼女のこの姿を見たかったからかも知れない。

彼女が、苦しみ、もがく様を。

 

「間に合ったようね。――ごきげんいかが? 今宵忘れ去られる定めの旅人。

私の名は<メモ忘れ>。<書き手の七つの大罪>の、その五」

 

<禁断少女>の術式を無効化した少女が影より滑り出た。

「め、<メモ忘れ>……」

「そう。忙しく働く昼間、あるいはベッドにもぐりこんだ後の夜。

素敵なアイデアと文章が貴女のもとを訪れる。

だけど、どんなに面倒でも、どんなに眠たくても、

貴女はそれをきちんと書き留めなければならない。

それも単語の羅列だけでなく、ちゃんとした文章で」

<禁断少女>の顔色は、ますます蒼白になった。

かつて、彼女を何度も襲った悲劇を思い起こして。

「なぜなら、それを掴むチャンスは、書き留めるチャンスは一度きりだから。

その一度を逃せしたら、――すべては夢のごとき消えうせて二度と戻らない。

今、貴女が失ってしまった術式のように……」

「――!!」

<禁断少女>は絶句した。

過去、どれだけの素晴らしい「自分」が生まれることなく消滅しただろうか。

たった一手間、書き留めることを怠ったせいで。

その中には、書き手の最高傑作になるべきアイデアや、

<禁断少女>の世界を変える文章もあったはずだ。

それが無残に忘れ去られ、ただそれが「在った」ことだけは覚えられているのは、

失い、二度と取り戻せないインスピレーションを求めて悶え苦しむのは、

──すべて、この少女の仕業だったのか。

絶望に霞む瞳に、新たな影が映る。

今までで最も濃い闇から、それは現れた。

第六の、さらに強力な<大罪>が自分に近づいてくるのを、

<禁断少女>は呆然と眺めた。

 

 

 

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